退職金の手取りは「控除と1/2課税」で決まる
人生で一度しかない大金なのに、退職金の課税ルールはほとんどの人が会社を辞める直前に初めて調べる。会社の総務に聞いても「申告書を書いてください」としか言われないことが多い。実際に手取りを左右するのは、勤続年数と受け取り方、それと2026年から始まる新ルールだ。
結論から言うと、退職金は「退職所得控除を引いた残りの半分」にだけ課税される、極めて優遇された所得だ。だが優遇の効き方は勤続年数で大きく変わるし、iDeCoや企業型DCを一時金で受け取る人は、2026年改正で従来の節税スキームが封じられている。
退職所得控除と1/2課税の仕組み
退職所得は給与や事業所得とは別枠で計算される(分離課税)。式そのものはシンプルだ。
退職所得 =(退職金 − 退職所得控除)× 1/2
控除額は勤続年数で2段階に分かれている。
| 勤続年数 | 退職所得控除 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 21年以上 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20) |
勤続21年目から「年70万円」に切り替わる点が重要で、つまり長く勤めるほど控除が加速する。20年で控除800万、30年で1500万、40年で2200万。20年と40年では控除額が2.75倍になる。
控除を引いた金額にさらに1/2をかけてから累進税率で課税するので、税負担はかなり軽い。住民税も退職所得には10%が分離課税でかかる。
勤続年数 × 退職金額の手取り早見表
数字で見るとイメージがつかみやすい。所得税(復興特別所得税2.1%込み)と住民税10%を引いた、おおよその手取りだ。
| 勤続年数 | 退職金1000万 | 退職金2000万 | 退職金3000万 |
|---|---|---|---|
| 10年 | 約949万円 | 約1748万円 | 約2493万円 |
| 20年 | 約985万円 | 約1861万円 | 約2640万円 |
| 30年 | 1000万円(非課税) | 約1959万円 | 約2812万円 |
| 40年 | 1000万円(非課税) | 2000万円(非課税) | 約2922万円 |
勤続 30 年で退職金 1000 万、勤続 40 年で退職金 2000 万までは控除内に収まり、1 円も税金がかからない。中堅企業の定年退職モデルが、ちょうどこの非課税圏に設計されているのは偶然ではない。
逆に勤続 10 年で退職金 1000 万円を受け取るケース——例えば早期退職や転職時——は控除が 400 万しか使えず、約 50 万の税負担が発生する。同じ金額でも勤続年数によって税後の体感価値が変わるわけだ。
勤続30年・退職金2000万の計算過程
早見表だけでは納得しにくいので、勤続 30 年・退職金 2000 万円のケースを式で追ってみる。
- 退職所得控除 = 800 万 + 70 万 ×(30 − 20)= 1500 万円
- 退職所得 =(2000 万 − 1500 万)× 1/2 = 250 万円
- 所得税 = 250 万 × 10% − 9.75 万 = 15.25 万円
- 復興特別所得税 = 15.25 万 × 2.1% = 約 0.32 万円
- 住民税 = 250 万 × 10% = 25 万円
- 税負担合計 = 15.25 + 0.32 + 25 = 約 40.57 万円
- 手取り = 2000 万 − 40.57 万 = 約 1959 万円
同じ 2000 万円でも勤続 10 年なら控除が 400 万、退職所得は 800 万、所得税と住民税で約 252 万円が引かれて手取りは約 1748 万円。差額 211 万円は「勤続を 10 年伸ばしただけで生まれる節税効果」と読み替えてもいい。
2026年改正:DC一時金との「10年ルール」
ここからが本題に近い。2026年1月1日以降に退職金を受け取る人は、退職所得控除のルールが厳しくなる。
これまでは、退職金を先に受け取ってから5年以上空けてiDeCoや企業型DCを一時金で受け取れば、両方ともフルに退職所得控除が使えた。いわゆる「5年ルール」だ。退職金を受け取った後、定年延長や再雇用で5年だけ働いてから60歳でiDeCoを取り出す——という二段構えの節税が成立していた。
2026年改正でこの空白期間が5年から10年に拡大された。退職金を受け取った後、10年以内にDC一時金を受け取ると、控除額が重複期間分だけ縮小される。
逆方向、つまりiDeCoを先に受け取って退職金を後にする場合は元々19年ルールがあり、こちらは据え置きだ。
実務上、何が変わるのか
5 年 → 10 年の拡大は数字以上の意味を持つ。受給順序と年齢ごとの選択肢をマトリクスで整理しておく。
| 受給順序 | 必要な空白期間 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|---|
| iDeCo → 退職金 | 19 年以上 | 19 年(変更なし) | 19 年(変更なし) |
| 退職金 → iDeCo | 5 年以上 | 5 年でフル控除 | 10 年必要 |
たとえば 60 歳で会社の退職金を受け取り、65 歳で iDeCo を一時金で取り出すプランは、改正前なら 5 年あいているので両方フル控除だった。改正後は同じスケジュールでも重複期間が発生し、DC 側の控除が削られる。65 歳定年が一般化する中で、この 10 年ルールは「退職金を先取り、DC を後で」のスキームを実質的に封じている。
もっとも、60 歳定年で退職金を受け取り、iDeCo は 65 歳まで運用継続して 70 歳で取り出すなら、10 年ルール適用後でも空白期間を確保できる。逆ルート(iDeCo を先に受け取り、退職金を後で)は元々の 19 年ルールが効いていて、5 年や 10 年の空白では足りない。受給順序と年齢設計を、もっと長期の視点で組み直す必要がある。
なお、企業型 DC に加入したまま転職する場合は、一時金受け取りではなく次の企業型 DC や iDeCo への移換を選ぶことで、課税自体を将来に繰り延べられる。一時金で受けるか移換するかは、その時点の所得税率と将来の運用見込みで判断したい。
申告書を出し忘れると20.42%源泉徴収
退職金を受け取る前に「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出していれば、上で計算した正規の税額が源泉徴収されて完結する。確定申告は不要。
問題は出し忘れた場合だ。会社は一律20.42%を源泉徴収する義務があり、勤続30年で退職金2000万なら約408万円が天引きされる。本来の税額(約41万)とは10倍近い差で、口座に振り込まれる金額が想定より400万近く少なくなる計算だ。
救済はある。翌年に自分で確定申告すれば差額が還付される。マイナポータル経由で e-Tax を開き、退職時に渡される「源泉徴収票(退職所得用)」を見ながら退職金額・控除額・源泉徴収額を入力する。退職所得は分離課税なので、給与所得や事業所得とは別枠で計算され、他の所得には影響しない。ただし還付は申告から 1〜2 ヶ月かかる上、申告し忘れると 5 年で時効になる。
そもそも、退職金支給日の前に申告書を提出する方が圧倒的にラクだ。会社の総務に「退職所得の受給に関する申告書を出したい」と伝えれば、書式と記入例が出てくる。勤続年数と退職金額を書くだけで終わる 1 枚の紙だ。
DC一時金との「10年ルール」を具体例で確認
抽象的な説明ではピンと来ないので、具体的な金額で見る。前提は、勤続 30 年・退職金 1500 万円(控除内に収まる)、企業型 DC 残高 600 万円、定年 60 歳。
旧 5 年ルールでの設計:60 歳で退職金 1500 万を先に受け取り、65 歳で DC 一時金 600 万を取り出す。退職金側の退職所得控除は勤続 30 年で 1500 万、DC 側も加入期間 20 年として 800 万。両方ともフル控除なので、課税所得はほぼゼロ。手取りは 2100 万にきわめて近づく。
新 10 年ルール適用後の同じスケジュール:60 歳で退職金 1500 万、65 歳で DC 600 万を受けると、空白期間が 5 年しかないため重複期間分が DC 側の退職所得控除から差し引かれる。控除が一気に削られて課税所得が膨らみ、税負担で数十万円〜100 万円単位の差が生じる。
設計し直すなら、退職金は 60 歳で受け取り、DC は 65 歳まで運用継続して 70 歳で 600 万を一時金で受給するパターンが現実的。退職金からの空白期間が 10 年確保できるので、10 年ルール適用後でも DC 側の控除は削られない。だから 60 歳定年の DC 加入者は、退職金を 60 歳で受け取り、DC は 70 歳まで据え置いて運用継続するか、あるいは年金原資として残すか——退職金と DC の間に 10 年以上の空白を作る設計の方がトラブルが少ない。
一時金か年金型か:課税の違い
会社によっては退職金を「年金型(分割払い)」で受け取る選択肢がある。一時金と年金型は税制上の扱いがまったく異なる。
| 項目 | 一時金 | 年金型 |
|---|---|---|
| 課税区分 | 退職所得(分離課税) | 雑所得(総合課税) |
| 適用控除 | 退職所得控除 + 1/2 | 公的年金等控除 |
| 健康保険料 | 影響なし | 所得割に反映 |
| 住民税 | 分離課税 10% | 総合課税で計算 |
| 受け取り | 一括 | 5〜20 年に分割 |
おおまかな判断軸として、退職所得控除の枠内に収まる退職金額なら一時金が圧倒的に有利だ。控除を超える部分が大きい高額退職金で、かつ受給時の他所得(年金・配当・賃貸収入など)が少ない人だけ、年金型のメリットが出る可能性がある。会社の退職金規程に運用利率(年金原資の据置利率)が明記されているはずなので、まずそこを確認したい。利率が 1.5〜2.0% を切るなら、一時金で受けて自分で運用する方が期待リターンは高い。
簡易シミュレーション:勤続35年・退職金2500万のケース
- 一時金で受給:控除 1850 万、退職所得 325 万、税負担 約 65 万、手取り 約 2435 万
- 年金型(10 年分割、年 250 万、利率 1.5%):公的年金等控除 + 他の年金との合算で年あたり税負担 約 20〜30 万、健康保険料の所得割増もあり、10 年合計の手取りは 約 2300〜2400 万円台
数字だけ見ると一時金が優位だが、年金型は「使い切ってしまうリスク」を抑える効果がある。手取りの最大化と老後の自己制御、どちらを優先するかは性格にもよる。
転職時の選択肢:一時金で受けるか移換するか
定年退職ではなく中途退職の場合、企業型 DC の残高は 3 つのルートで処理できる。
- 次の会社の企業型 DC に移換する(運用継続)
- 個人型 iDeCo に移換する(運用継続、自分で掛金拠出も可能)
- 一時金で受け取る(脱退一時金、要件厳しい)
通常は移換が原則で、一時金受け取りは資産額 1.5 万円以下など厳しい要件を満たす場合に限られる。つまり中途退職時点で課税は発生せず、最終的に 60 歳以降に取り崩すタイミングで初めて退職所得控除の対象になる。
転職を機にとりあえず DC を放置している人は、移換手続きを 6 ヶ月以内にしないと自動的に国民年金基金連合会に「自動移換」されてしまう。自動移換中は運用ができず、年間数千円の管理手数料だけが残高から引かれ続ける。何年も放置している自覚がある人は、まず資産状況を確認した方がいい。
中途退職者向け:DC残高の処理パターン比較
| 残高処理 | 課税タイミング | 運用継続 | 手数料 |
|---|---|---|---|
| 次の企業型 DC へ移換 | 60 歳以降の受給時 | あり | 会社負担 |
| iDeCo へ移換 | 60 歳以降の受給時 | あり | 月 171 円〜 |
| 自動移換(放置) | 受給時 | なし | 月 52 円 + 移換時 4348 円 |
| 脱退一時金で受給 | 受給時に課税 | なし | — |
一見、自動移換の月 52 円が最安に見えるが、運用ゼロのまま長期間放置されると複利効果を失う。残高 100 万円を 20 年間運用利回り 3% で複利成長させた場合の差は約 80 万円——管理手数料の節約とは桁違いの逸失利益になる。
動く前にやっておくこと
退職金は受け取り方を間違えると数百万単位で手取りが変わる。次に試せることを一つだけ挙げるなら、人事部に「退職金の概算額」と「企業型 DC の残高」、それと「勤続年数の起算日」の 3 点を聞いてみることだ。これだけ揃えば上の早見表で自分の手取りがすぐに見える。
正確な税額や、iDeCo との受給順序の最適化は、退職の半年前に FP か税理士に一度だけ相談する価値がある。退職金は数千万円単位の判断なので、相談料 1〜2 万円は十分にペイする。確定拠出年金の運営管理機関(SBI 証券・楽天証券・マネックス証券など)も、加入者向けに無料の受給シミュレーションを提供していることが多いので、まず無料の範囲で数字を出してみてから本格的な相談に進めばいい。
なお、本記事の数値は概算で、実際の税額は退職時の他所得・社会保険料控除などで変動する。最新の控除額や 10 年ルールの詳細は、国税庁の「退職金と税」ページと、加入している DC の運営管理機関の案内を最終確認のソースにしてほしい。